30Apr
「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰りました」
関係者からどよめきが起こった、陛下の驚きの謝罪発言。
移りゆく時代の分かれ目に、あの日の”願い“に想いを馳せます。。。
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天皇陛下の謝罪発言
皆さんこんにちは、ディープストリームのKenD(けんでぃ)です。
さて今日を限りに、平成という時代が終わろうとしています。
私は昭和生まれの人間ではありますが、人生の大部分を過ごした平成との別れには感慨深いものがあります。
そんな今日振り返っておきたいのが、4/26付けの京都新聞の記事。
2007年に行われた「全国豊かな海づくり大会」での、天皇陛下のブルーギル「持ち帰り謝罪」発言についてです。
「ブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰りました」。
2007年、天皇陛下は大津市で開かれた「全国豊かな海づくり大会」の式典で驚きの発言をされた。
琵琶湖の在来魚を減らすほどブルーギルが異常繁殖した事態に「心を痛めています」と後悔の思いを明かした。(中略)
陛下は皇太子時代の1960年、訪米先のシカゴ市長から贈られたブルーギルを日本に持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈された。
魚類学者らには知られた話だったが、陛下自身が公の場で語るのは海づくり大会が初めてだった。
(©京都新聞)
外来魚問題に詳しい方にはよく知られた話かと思いますが、バサーの皆様には初耳という人もいるのではないかと思います。
ブラックバスに関しては実業家の赤星鉄馬氏、そしてブルーギルに関しては天皇陛下が国内に移入されたという基礎知識は知っておくべきではないでしょうか。
(その後琵琶湖に放流することになったのは、関係省庁の方針によるものだったでしょうが)
しかしここで私が言いたいのは、それが良いとか悪いとかいった話では決してありません。
他にもニジマス、ライギョといった多くの外来種が盛んに移入された背景には、「食糧難から国民を救いたい」という切な願いが込められていたからだと思うのです。
いわば外来種が新たな“希望”だったのが、昭和という時代だったと言えるのではないでしょうか。
(佐久間功先生のHPより)
しかしその後、外来種の移入が既存の生態系を変化させることが社会問題となっていきます。
2005年に施工された外来生物法が象徴するように、平成は一転して“駆除”の時代へと転換していきました。
そしてこの歴史から私たちが学ばなければいけないのは、「従来いなかった生物を安易に放流してはいけない」という教訓だと思います。
ですから錦鯉を川に放流したり、外来種を輸入したりといった行為には厳密な法の管理が必要だと考える次第です。
帰化生物との付き合い方
ところで今や「新たな外来種を安易に入れない」事にほとんど異論は無いでしょうが、すでに国内に定着した帰化生物をどうするかは難しい問題です。
全国津々浦々に行き渡ったアメリカザリガニを獲り尽くし、セイタカアワダチソウを根絶し、ミドリガメを一匹残らず獲り尽くすのはどう考えても不可能です。
人間の手が加わらない“手つかずの自然”を取り戻せない事が明らかとなった今、「新しい野生(ニュー・ワイルド)」をどう考えていくかは世界的な課題となっています。
(フレッド・ピアスの「THE NEW WILD」は、全てのバサーが読むべき必読書だと思います)
バス釣りを心から愛する一人としては、もちろんブラックバスが釣魚として有効活用されるようになっていってほしいと思いますが・・・。
ルイジアナでその美味しさに気付かされたアメリカザリガニについても、本来の目的だった食用としての活用がぜひ進んで欲しいと切望しています。
数奇な運命で日本に定着することになった全ての外来種たちが、厄介者として命を奪われるのではなく、同じ島に暮らす生き物として愛されて活用される。
天皇陛下を始め外来種を移入した人々が込めた“願い“に、今一度想いを馳せながら・・・。
令和がそんな共存共栄の時代になるように願ってやまない、平成最後の雨の一日です。
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